一人と一人(1)


 人間は二本の足で立って歩く生き物のはずだが私はどうやらそうではなかった。一人の力でまっすぐに歩き続けることができない。骨折して歩けないとかではなく、自分一人生かすモチベーションを一人で捻出できない。こんな調子では生きていけない。


 しかし別に病気ではない。単に心が弱くて、そういう性分であるというだけ。一人でだめなら、誰かに頼ればいいのではないか?しかしそれもできない。


 彼女もおそらくそうだった。









5月14日

 @tosなどいくつか特定の存在しないアカウントに対して飛ばしたリプライは、誰のタイムラインにも流れない仕様を利用してこっそりつぶやくこともあるらしい。


 私は一人のフォロワーさんがそうしているのを偶然見つけた。本人的にはあまり公言したくないらしい、やや男っぽい趣味について熱く書かれていた。ほぇーそうなんだ。私もやっていたことがある。

 その人とは同じゲームをやっていたのが縁でフォローし合って、しかし日常的に話す仲でも、印象の強い方でもなかった。古参でつよそうな女の子くらいしか思ってなかった。向こうもそんなもんだったと思う。


 しかし、そのささやかな秘密が気になって私は彼女のページをちょくちょく覗くようになった。





普通の人のようにうまくいかない






 どうやら人には言えない弱い部分をこっそり書いているようだった。五月病だったのかもしれない。5月だったし。


 一通り読んで、むかし似たようなこと考えてたなと思った。なぜ他の人のように毎日学校や会社に行けないのか、予定を立てたらその日までがんばろうってなるのを繰り返していけば生きていけるはず・・・。


 なんとなく親近感が湧いてきて、私はちょくちょくリプライを送るようになった。



 悩みを相談されるけど、自分の悩みは相談できない ― 聞く方の立場だったら、打ち明けてくれて嬉しいと思う。

 病院に行くべきなんだろうか ― 薬飲んでもパリピになれないんでやめたけど、一度行くとためになる話を聞けるかもしれない。



 それな的な返事がきた。わかると返した。嬉しかった。微妙な話題にいやな顔せず答えてくれたこと。話し相手ができたこと。

 いやな顔はしていたかもしれない。









6月25日

 6月下旬。何週間かぶりにツイッターを開いた。自分が落ち込んで時、足踏みしている間に他の人がどんどん先に行ってしまうのを見るのがいやで、そういう時は見ない。


 彼女のページを開く。





突然消えたら何人の人が気づくだろう

死んだ方がいいって気づいてから何か変わった気がする






 えらい落ち込みようだ。どうやら親しかった誰かと仲違いしたらしい。次の日になるとそのツイートは消えていた。よく見ると今までの他のツイートも全て消えていた。くれたリプライも全部消えていて悲しかった。


 次第にロープがどうだの不穏な単語が頻出するようになり、もう3日も経ったらうっかりうまくいっていなくなってしまいそうだった。何か気の効いたことを言いたいがさっぱり思い付かなかった。とりあえず明日もいてほしいと思い「また明日」と送るも返事は来なかった。









 SNSでこんなのはしょっちゅうだ。私もいつもなら「かまってちゃんうぜぇな・・・」とスルーするところだ ― @tosがついていなかったら。


 不特定多数に大げさなことを言って、誰でもいいから声をかけて欲しいわけじゃない。特定の誰かが見つけてくれるのを待っている。それは恐らく、数日前まで仲良くしていた人なのだろう。私じゃない。しかし、そのつつましさが私の気を惹いた。何か言わずにはいられなかった。


 今まではあんまり深刻にならないよう、誰かに見られても恥ずかしくないよう冗談半分に話しかけていたが、もうそんな雰囲気ではなかった。普通にリプライを送るのはためらわれた。


 DMを送るか? ひきこもっていると妹が安否確認に送ってきてくれるくらいで、見ず知らずの人に送ったことはなかった。私はこのよく知らない誰かに勝手に感情移入して、何を一人で盛り上がっているのだろう?


 最後のツイートからだいぶ時間が経っていた。もしかしたらもう死んでるかもしれない。日曜日の夕方、頼まれて公民館の掃除をしていたがまるで身に入らなかった。半時間くらい部屋をうろうろして、ようやく送った。



 DMしてもいい?










 30分くらい経つと返事がきた。『どうぞ』。
 もうしてるけどね。ドヤ


 解消できない不安に苛まれ続けてまで生きていたくない。鏡を見ても名前を見ても自分がなんなのかわからなくなる。自分一人生かすモチベーションを自分一人で捻出できない。・・・というのはすごくよくわかる。昨日書いてたことと少し違うかもしれないけど、自分はこう。だったらなんなのって感じだけど、でも‥さんがいなくなったら寂しい。









ーいなくなったら寂しいって、よくありそうな言葉に思えるけど、どういう返事を期待しているのか


 鋭い。困った。


ーネットに逃げて居場所を見つけても現実は何も変わらない、死ぬのを引き伸ばすのは迷惑かける時間も伸ばすだけ


 ・・・ありのままの感情が簡潔に書かれていた。どっか似たところがあると思っていたけど、この辺は違うなと思った。私は落ち込むにしても誰かの迷惑を鑑みることは一切なかったし、思ってることをこんなにすっきりまとめられない。









 二言三言やり取りしただけの人でも、明日から話せなくなると思うとやっぱり寂しい。現実の身近な人間ですらどうにもできないのに、こんな訳わからん他人がどうこうできるわけがない。でも、このまま見なかったことにしてほっとくのはどうしてもいやだった。

 反対に私が死にそうになっていたら、何かしら言葉をかけてくれるんじゃない?









 それはないか。思いつく限り書いた。でも、こういう話はうんざりだと思うので―


 続けて今までの自殺遍歴を書いた。橋の下までロープ片手に歩いていったら、既に他のロープが設置されていて笑ってしまったこと。近所の崖を行ったり来たりしているうちに夕日が落ちてきて、景色が綺麗で帰ったこと。溺れ死のうと車ごと川に飛びこんだけど、右腕が折れただけで即退院したこと。


 死にたくなるのは仕方ない。そういう性分だから。自分も何度もなったし、きっかけさえあれば確実にまたそうなる。









 どのような立場で話すべきか。私は目の前に立って、それはよくないと止める立場にはなれなかった。納得させられそうな言葉を持っていなかった。心からよくないことだと思っていなかった。


 似たようなことを考えているのがいる、死にたいのは一人だけじゃないと、少しでも身近に感じて欲しかった。









ー飛び降りるのが私にはいいかもしれない


 その日のやりとりはそこで終わった。こんなにやかましくされたら多少気も削がれるだろう。少なくとも今日のところは。私はいつも通りしょーもないツイートを少しして寝た。彼女もいつも通りの気持ちに少しでも戻ってくれればいいのだが。




 その2に続く