一人と一人(3)


 好きだったらなんなの?


 これまで星の数ほど人間がいて、その中には自分と同じような人も必ずいた。いつか一冊の小説を読んでからそう思うようになった。

 武者小路実篤『友情』。初めて読んで驚いた ― この主人公は私だ。自意識が高く、自分には何かあると思い込んでいる。しかし誰に何を評価されたこともない。好きな異性には無意識の内に媚びてしまい、相手にされない。そんな情けない所もそっくりだった。もっとも、そのあとが全く違うんだけども。


 もう一つ驚いたのが、この小説が100年も前に書かれたものだということ。100年前の青年も同じようなことを考えていた。ありのままの姿は認めてもらえない。ならどうすれば? 行動して変わるしかない。もっとも、そんな高尚な気持ちはすぐ忘れてしまうんだけども。









6月27日

 翌日。

 その日彼女は現れなかった。あのあとどうなっただろう。どうしているだろう? 日が変わって28日、私は昨晩電話を終えた時間まで起きていようと思った。


 1時40分。もっかいだけ見て寝るか・・・彼女のページを開く。読んで、すぐDMを送った。
 もう一回だけ喋らせて。
 

 5分、15分…返事はこない。スカイプを開くとオンラインになっていた。発信。
 3コール、5コール・・・出ない。だめか。









 少し待つと向こうからかかってきた。3コール待って出る。ごきげんよう。んーとね。まぁ特に話すこともないんだけど・・・どうしたん?
 

 いつも通り、別にどうもしていないようだった。ここ数日のいつも通り。朝、家を出て、図書館か公園で時間を潰し、夕方帰る。リストラされたお父さんかな? でも外に出るのはえらい。私だったら家から一歩も出ない。


 一日考えて、でもやっぱり今の気持ちを変えられない。そんな感じのことがツイッターには書かれていた。


 何かいい考えがあるわけではなかった。私の方からは何もできない。何も話すことがない。聞くだけムダだということがバレてしまったのか、今日は手を止めてくれなかった。何の物音もしなかった。私は彼女の姿を想像した。


 道路沿いでない家の二階、暗い部屋。どこか背中のほうの柱あたりからロープを伸ばし、うつむいて首筋にテンションをかけている。足が地面についたまま行う方法。そんな気がした。私がそうだったから。椅子の上に立って足元を蹴っ飛ばしたら一発なのかもしれないが、そんなのできるはずがない・・・。









 お互い話すこともなく黙っていた。彼女の不規則な息づかいだけが聞こえた。若干いかがわしいシチュエーションだと言えなくもなかったが、変な気分にはならなかった。変な日になったなとは思った。それも悪い方向に変。でも悪い気はしなかった。私は人付き合いに飢えていて、沈黙が気まずくない関係に居心地の良さを感じていた。


 ここで聞き耳を立てている限りは成功しないだろうとのんきに構えていた。私は一度失敗した方法は二度試す気にならなかった。なので、このままうまくいかなければ少なくとも首吊りは諦めてくれるのではないかと期待していた。もしうまくいったらどうするつもりだったのだろう。私はあんまり常識がないのかもしれない。


 でも沈黙が長く続くと不安になって、時折話しかけてみた。うまくいきそう? いなくなったらやだな・・・。









―やっぱりだめだね。

 〜だね。っていうのは口癖らしいことに気づいた。

 もう遅いし今日はもう寝ない?
 おやすみを言い合って寝た。









6月28日

 その日も彼女は日中現れなかった。私はまた少し夜更かしして待った。このところ毎日喋っていた。もしDMが来て、朝まで返事をしなかったらどうなるだろう。考えたくなかった。まぁ、向こうから送ってきてくれたことはないけど・・・。









―もし迷惑じゃなかったらもう一日だけ付き合って


 何日でもいいよ。そう返してヘッドホンをつけた。








 どうしても立ち直れないらしい。
 昨日書いていたことと同じだった。話してもどうしようもないが、話さずにはいられないのだろう。
 

 昨晩聴いた『図書館』という言葉で思いついて、何冊か好きな本を勧めてみた。そのうちの一冊をもう読んでくれたらしく、感想を聞かせてくれた。登場人物がハイスペック過ぎていまいち感情移入できなかったらしい。

 そういう考えもあるかな・・・やっぱり男女の差で捉え方も違うのかな? 叶わない片想いの本だった。今の心境にはあんまり合ってなかったかもしれない。また本を勧めることがあったら、今度は目の前のことを一旦一切忘れてのめり込めるようなミステリーや推理ものにしようと思った。









 また沈黙が続いた。


 どうしても立ち直れないという言葉に何か返さなければならなかった。悩みを解消できない無力感。自分一人だけ抱えていなければならない疎外感。こうして立ち止まっている内に周りから遅れていく閉塞感。


 立ち直れないということは、立ち直りたいということでもある。誰だってそうだ。死にたいと思うほど辛くても本当のところは生きていたい。当たり前だ。悩みさえなければ余裕でいつまでも生きていけるのだから。


 思いつくことは一つあったが私は迷った。
 めんどくさいなと思った。




 その4に続く