しもんず

「ただ遊ぶだけじゃもったいない」
「なにか残しておきたい!」と思って書いています。

水の中

『一言で人間関係を終わらせてしまう』という悩みがあった。

憂鬱な気分はだいたい寝たら紛れる。でもその日はあんまり良く眠れなかった。
もう一度携帯を点けてメッセージを読む。
仮に今日をやり過ごせたとして、もしもう一度同じ日が来たら耐えられない。

家を出ないといけない時間は過ぎていた。寒かったのでシャワーを浴びた。
何も持たず車に乗った。

 




毎日40分くらい運転して仕事に行っていた。
ラジオを聴きながら、流れる木々を横目に走っているととても落ち着いた。
いつも通りかかる綺麗な川があった。
 
何かにつけてしょっちゅう考え事をしていて、他の人もこんなに考えているものなのか?としょっちゅう考えていた。
内容は無条件で頼れるものが何もない不安が大半で、またそういったものを築いていくことも出来なかったからだと思った。

『人並みでいい』と繰り返される度平均を下げることしか出来なくて、
普通に働いて普通に生活するモチベーションがもう一人で捻出できなくなっていた。
それでも周りと同じように過ごしたかった。

もう二度と会わないのは寂しいという気持ちもあった。
誰かに頼って生きようとした。
しかしそういう利己的な考えからか、年上相手に萎縮したのか、私は何もしなかった。
あとから、もらうばっかりで何も与えられないことに気づいた。

橋を渡り、脇道で車を切り返した。
もう出られないよう4枚の窓をきちっと閉めた。
スピードが足りない気がしたのでもう少し進んで坂を登った。

下りの緩いカーブを曲がりながらギアを上げアクセルベタ踏み、3秒程経って橋の手前、思いきりハンドルを右に切った。
びっくりするほど綺麗にいった。

接地感が消え、(ああ、落ちてるな)という実感とともに寒気がして
意識が途絶えた。

 




目が覚めた。
いつもの車の中にいた。
砕けたフロントガラスとダッシュボードの間から水が流れ込んでいた。

川が浅すぎたんだとすぐに分かった。
胸まで水に浸かっていた。溺れるのは到底無理だった。
寒い。
 
左手でシートベルトに触れる。普通に外れた。
なんでこんな時に限って律儀につけていたのか。
溺れることしか考えていなくて、エアバッグの性能テストのビデオみたいに車内で跳ね回る方のイメージがなかった。
どうしてこうマヌケなんだろう。
 
『別の誰かがやればうまくいっていた』ってたらればをことあるごとに考えていた。
今日もそうだった。
 
靴下に小銭を入れて叩きつけるまでもなく、運転席の窓ガラスは綺麗さっぱりなくなっていた。
ひしゃげたフレームを掴んで窓から這い出た。

水が冷たい。
本当なら今ごろ暖かいところで楽にしているはずだったのに。

 




車の屋根の上に登った。
ガラスで切ったのか左手が真っ赤になっていたが、冷えていたせいか痛くなかった。
口もちょっと裂けているのが触ってみてわかった。
よほど強くぶつけたのか、右腕は曲がらなくなっていた。
無意識にパンチしてガラス割ったんだろうか?
でもそれくらいだった。
いつもとあまり変わらなかった。
 
屋根は大きく凹み、薄赤い水たまりが出来ていた。
色んなとこ見せてやんよと島から引っ張り出してきた車だった。
冬の間は昼夜を問わずずっと雨風から守ってくれた。
私の足となってどこでも行きたい所に連れて行ってくれた。
こんなわけわからん山の中でぐちゃぐちゃになるために作られたわけではなかった。

落ちる前の一番大きなエンジン音を思い出した。
もうアクセルをいくら踏んでもなにも聞こえない。
ボンネットは潰れて最早なくなっていて、もう二度と走れないのが一目でわかった。
ごめん。

 




立ち上がって辺りを見渡す。
ちょうど川の真ん中の辺りにいた。両端までは7mくらいずつあった。
大通りからは死角になっていた。農閑期には誰も通らないような道だった。
橋の上は見えなかった。
左腕を振ると粒になったガラス片がパラパラと落ちた。

流れる川に手を入れてみて、ここに入るのは無理、
でもいつかは飛び込まないといけない。
片手で岸までつけるだろうか?
いつものように問題を先延ばししてガタガタ震えながらしばらく横になっていた。
血を見ると手が震えるのが治った気がした。

 




それから2時間くらいそうしていた。
また人の時間を奪ってまで生きていくことを思うと憂鬱な気分になった。
救急車は小さい頃に乗ったときほど寝心地はよくなかった。