みなさんは将来の夢、ありますか?
どんな大人になりたいですか?もしくはなりたかったですか?
今回はそれどころじゃない、そんなこと考える余裕のない方々へのメッセージとなっております。
はじめに
令和2年度の小・中学生のうち約20万人が不登校だったそうです。*1
(文部科学省「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果」より)
このグラフには小さい頃の私も写っています。テストがあれば朝4時まで勉強する大変えらい子どもでした(えらい)。
しかし、ある時期を境に部屋から出られなってしまいました。
高校生の自殺者数です。
周りと同じような生活ができない時、「一生こうなんじゃないか」と想像します。当然死にたくもなります。
とはいえ、この表の中で一番大人だったとしてもまだ、小学校を卒業してから数年しか経っていません。平均寿命の2割くらいの時間しか生きていない。不確定な未来の中に希望がないとはいえない。
まだ始まったばかり。そんな時期にこういう選択を迫られてしまった。本当に悲しいことです。
6年前の12月7日に川に落下し、その後クレーンで引き揚げられた車です。
屋根の上で仰向けになりながら
今この記事を読んでいるみなさんも、こうなる可能性があります。
この記事は、やれ不登校だの死にたいだのネガティブなことに詳しくなりすぎた私が、現在進行形で途方に暮れているみなさんの胃痛や頭痛をいくらか和らげるために書いていくものです。
もくじ
1. 卒業しても悩みは消えない
不登校のみなさんはこのまま学校に行けなくても、卒業したらよくなるんじゃないかと思っていませんか?
まず、不登校とは「ひきこもりの学生版」です。学生という身分がなくなれば、そのままひきこもりに進化する可能性があります。学校という建物が原因ではないのです。
冒頭の文部科学省の統計では、“年間30日以上欠席した生徒*2”を不登校と定めています。“30日以上欠席”が“30日以上外出ない”にスライドするだけです。進学しても一緒です。これ一番教えてほしかったですね(なので一番に持ってきた)。
29日休んだ人ももちろんつらい寄りだと思いますし、学校には行けてるけど毎朝つらいって人もいると思います。全員に一つ共通することがあります。
このまま卒業してはいけないということです。みなさんは残りの学生生活を楽しく過ごすんです。
2. 何事も必ず原因がある
幼稚園や保育園の頃から今までずっと落ち込んでいるという人は少ないと思います。それまでは周りと同じように生活できていた。
いいこと悪いこと。できたことできなくなったこと。すべての出来事に、そうなるに至った原因があります。前提があります。フラグがあります。
これさえなければ普通に生活できるのに・・・という原因が確実にあります。
相当話が飛びますが、この中にあなたの悩みがあれば、それが不登校や死にたいという気持ちの原因です。確実にそれのせいです。100%そうです。
人間、重い荷物を2つ以上抱えると身動きが取れなくなってしまうものです。学生時代は“将来について考える”という大きな課題があります。それに加えて余計な荷物を持たされたら。手に負えないのは自然なことです。
3. 悩む人は一生悩む
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ただ、みなさんはこの中に当てはまるものがあったとしても、100%そのせいだとは思えない・そのせいにはできないと思います。続く↓
3. 人間は状況に反応するだけの生き物
死にたくなるような原因があったとしても、100%それのせいだとは思えない・・・なぜか?
みなさんは
- 仮に原因が分かったとして、対処する方法がない
- 自分と同じ状況でも頑張っている人がどこかにいるはず
- 自分じゃなかったら乗り越えられるんじゃないか
こう考えるのではないでしょうか。
原因を外部に求めたところでどうにもならない。他の誰の何のせいにもできない時、自分のせいにしてしまいがちです。
自分が悪いんじゃないか。自分が弱いから。
そんなことは1000000%ありません。
これはもう本当に単純な話で、例えばいじめられていたら落ち込みやすいのは当たり前なんです。
何かがうまくいかない時も、そういう状況だからってだけなんです。できる時できない時、頑張れるとき頑張れない時、そう誘導する何かがある。
じゃあ誰のせいなのか?続く↓
- - - - -
4. すべては必然
運が悪い
4. 誰のせいでもない
例えば誰かに理不尽に怒られたらいい気分はしないですよね。
「その人が怒る」のは「その人が怒る」状況にいるからです。
人間は状況に反応するだけの生き物
自分の意思でする/しないを決めているというより、状況がそうさせる。
親が子どもを蹴り飛ばすなら、その人の親やそのまた上の世代の時点でそうなっている。
生きる確証が得られるまで悩み続ける
人によっては生まれてつきある
今の状況
それは“分からないから”です。一番怖いのは死ぬこと
統計を見て、「自分は○○に当てはまる。だから自分は××だ」と言い切ることはできません。それは、100%ではないからです。
「可能性が高い」「傾向にある」みたいな言い方になると思います。
「パターン」と「傾向」です。この環境の人は、こうなりやすい。
「なぜ学校に行けないのか」、見当はついていも100%こうだとは言い切れないはずです。
不安を引き起こす「何か」があるから不安になる。
みなさんはそれが何なのかずっと考えている。
不利な方がいいこともある。よく眠れなかった日のほうが動ける
見本がないから心配
6. 10代は誰が何と言おうと子ども 学生時代は下積み
心理学的には、人間は10歳くらいになると大人と同じものの見方・考え方ができるようになるそうです。*3
そこからたった数年で分かること・できることなんてたかが知れています。10歳=0歳といっても過言ではないです。
10代の内はいくら「自分はもう大人」と思いこもうとしてもまだ子ども。自分で餌も捕まえられないかよわい存在です。ひよこです。一人で解決できない問題が出てくるのも無理ありません。
特に不登校は、冒頭の統計によるともう何十年も解消されていない、大変難しい問題のようです。周りの大人はもちろん、国も回答を知らない。とんでもないことです。
周りの大人は宛てにならないと思うのはこのせいかもしれませんね。
例えば小学生の頃を振り返って、「あの頃はあんなちっぽけなことで悩んでいたんだなぁ」と思うことはありませんか?
同じように、もう少し年齢を重ねないと分からないことがあります。
6. 立ち向かえるのは自分だけ
なんで誰も教えてくれなかったんでしょうか?
それは誰も知らなかったからです。不登校に知見のある人がいなかったということです。
自分以外は深刻にとらえていない、そのうちどうにかなるだろと思ってるからですね。
とりあえず、ただ欠席日数と内申点が反比例していくだけ
答えが出ないのは「分からない」からです。
そして、いつまでも同じ状態なのは周りの人間も誰も知らないからです。
この統計によるともう何十年も解消されていない、大変難しい問題のようです。
周りの大人はもちろん、国も回答を知らない。
7. 一人で自殺は絶対に不可能
みなさんは「どうせ死ぬからいいよ・・・」と寝込んでいるかもしれません。
「死にたい」と思っているうちは死なない
不登校は卒業しても治らない
不登校の進化形がひきこもり
8. 一人で生きていけるようになる
9. 一人で生きていくことはできない
会社もそう
人嫌いでも人とやっていかなきゃいけない
人の役に立つのが楽しい
一生自分のために生きていくことはできない
10. ストレスがあるから頑張れる
順風満帆な人生を送っていれば書くこともなかったでしょう。でも、だからこそです。関心を持ててよかった。
でも何よりも怖いものが一つあります。
なぜ不安になるのか。
みなさんは
- 学校に行けない
- 会社にもたぶん行けない
- =死
と思ったことはありませんか?
(「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果」より)
“生きる”ことは原始時代から変わらない人間の原始的欲求です。なのでその反対の“死ぬ”はなるべく避けたい。石槍でマンモスの尻を追っかけていた頃から我々は死にたくないんです。
しかし上のAはBである。だからCみたいなやつを見るに「学校行かない=死」という連想が働いてしまう。死を身近に感じてしまう。だから不安になってしまう。怖くなってしまうんです。
「将来もずっと苦しいままなら今死にたいな」と思う人もたくさんいると思います。先に挙げた統計は小学生~高校生の“自殺の原因”ですが、不登校が自殺の遠因になることは十分あり得ます。
自殺の危険とは、ある人物が生涯にわたって発展させてきた非適応的な行動の最終的な結果であることがしばしばである。
そのため、自殺の原因の中に学校に行けない理由を見出すこともできるでしょう。
先に挙げた統計から、学生の自殺の原因は大きく3つに分類できます。
家庭:家庭不和、父母等の叱責
学校:学業不振、進路問題、教職員や友人との関係・いじめ・異性問題
身体:病弱等による悲観、精神障害
みなさんの不安がこのどれかに当てはまる場合、それのせいです。
10. じゃあどうすりゃいいのか
・人に相談「しかない」
できないしたくない言うのは恥
上の人が必要、習う、一人でやるのは非効率
私もそう→苦しい時間かかる最悪死ぬ
5. 不登校は普通じゃない
みなさんは学校に行けなくて辛い思いをしている。明るい未来どころか、単純にこの先生きていけるかどうかすら分からず不安に思っていることでしょう。
毎日元気に学校行ける人と何が違うんだろうと思っていることでしょう。
一つ確かなのは、毎日元気に学校行ける人みたいには一生なれない。
どんな不安も跳ね除けられるようには絶対なりません。
彼らが光属性なら、我々は確実に闇属性です。一生そうです。
他の同級生やクラスメイトと同じ建物同じ床に立っているようで、自分だけ地面が地獄に向かって傾いている。
みなさんにはすさまじい否定の力が働いていると思います。
自分はどこもおかしくない。できないはずがない。
おかしいのかもしれない。できないのかもしれない。
できないを否定し、それをまた否定し、時間だけが過ぎていきました。
当時の自分に会えるなら「できないよ!」ってはっきり言いたい、言ってほしかった。
岡目八目
私も「自分は普通だ」と思い込もうとしていました。人と悪い意味で違うことを認めたくなかった。
でも、そんな考えに至ってしまう時点で普通じゃないんですよね。
元気に毎日学校に行ける人の方が普通寄りでしょう。ただそれは、統計的にそうだというだけです。行ける人の方が多いからそっちがスタンダードだと、そうなりたいと思っています。
どこに出しても恥ずかしくない、大変えらい大人になった今でも、ことあるごとに当時の感情が蘇ってきます。
どうすることもできなかった、誰かに助けてほしかった頃の感情が。
あの頃何か大切なものを失っていたとしたら、それは今でも取り戻すことができていない。
当時の自分が聞きたかった・誰かに言ってほしかった言葉を。
頼って何かを返せばいい
相談してくれるだけでうれしい
逆境が新たな力を生む
Google「社員調査の結果、学歴と成果は全く関係なかった」
http://lifehack2ch.livedoor.biz/archives/51767252.html
小学生の頃はできなかったことが今はできる
*1:文部科学省.“令和2年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果”,2021-10-13,https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1302902.htm,(閲覧 2022-3-31).
*2:病気や経済的な理由を除く