一人と一人(6)


 ずっと思ってた。こんななりで7080まで生きられるわけがない。また些細な事で大袈裟に転げ回って、仕事をやる辞めるして、ゆくゆくは立ち行かなくなる。自分のために生きられないなら死んだほうがいい。自分一人生かせないなら死ななければならない。でも、誰かのためになら生きていられると思った。自分より大切な誰かを見つけられれば生きていけると思っていた。


 
 

 
 

7/13

 それからしばらくして。

 彼女はサボった分を取り返すのに忙しそうにしていた。外でご飯を食べていたら、でかいトンボが飛んできてビビったみたいなどうでもいいツイートもしていた。ともかく、元気そうだった。


 お話ししませんか? DMが来た。特に話題もないんだけどね…。私は特に話題ないけど、話したかったと答えた。彼女は笑っていた。

 バイトしようかと思う ― コンビニとかはどっちにもいかなくなる、いやどっちかにはちゃんと行ってたけど・・・ともかく、短期のものがいいと思う。って聞いた気がする。


 花火でも見に行きたいね。
 近所で大きな花火大会があり、毎年家族で行くらしい。そっか。じゃあ秋になったら前言ってた紅葉見に行こうかなぁ。


 なんとなくその時は引き下がってしまった。


 

 


 7月2週。ぼちぼち貯金もできてどこに引っ越すか考えていた。私は落ち込んだ時一人で立ち直れない、落ちられる限り落ちていってしまうので、友達のいる所に行こうと思っていた。幸運なことに私には親友がいた。いつか引きこもっていると、わざわざ新幹線でやってきては部屋に上がりこんできた。知らない人が家にいますと通報して追い出した。そいつの近所にいればどうにかやっていけるような気がした。次の誕生日までには島を出たかった。

 それとも彼女のいるところに行くか? 気持ち悪いか。だいたい彼女彼女って彼女でもなんでもない。でも次に会う時には、今のふわふわした関係をもう少ししっかりさせようと思っていた。


 

 


 私はそのどちらへも行かなかった。この数ヶ月間、具合の良くない親戚の小間使いみたいなことをしていた。うちの家系は早死独身精神病離婚で人がおらず、私にお鉢が回ってきていた。良くなるまで面倒見てやと言われていたし、私もその気だった。たぶん昔怪我で手術したところがぶり返してきたんだろうと思っていたが、クソ田舎の病院がいい加減なのかいつまでも原因が分からず、寝たきりがちになり、しまいには入院してしまった。

 

 


 7月3週。いつまでここにいればいいんだろう。これから先のことについて何も見通しが立たなかった。私は塞ぎ込みがちになった。

 悩みごとは誰かに打ち明けた方がいいと分かっていて、人に薦めてもいて、でもそれを自分ではしなかった。誰に何を話してどうなる? かまってちゃんだと思われたくない、八方美人を気取りたかったのかもしれない。思えば、いつも自分がだめになっていくのをただ眺めているだけだった。どうにかしようという気がそもそもなかった。

 唯一、彼女とのDMだけはちょくちょくしていた。努めて明るい言葉で励ました。彼女は色んな人と話していた。誘われてアリーナにも行っていた。いい傾向だと思った。でもそれを見るのは辛かった。私が辛い時、彼女は何もしてくれない。するも何も、私は何のサインも出していなかった。


 学期末のごたごたが片付いたらまた話そうと約束していた。その約束は叶わなかった。私はツイッターのアカウントを消し、連絡を絶った。一時何もかも忘れたかった。自分のことしか考えられなくなっていた。3日経って元に戻すと、彼女はもういなかった。


 
 

 
 

7/25

 もう話せないんだと悟った。一ヶ月前、毎日のように練習していた首吊りをもう一回やったんだと容易に想像がついた。


 Skypeには、連絡するのよくないかもしれないけど、もう一回話したい、ごめんなさいありがとう。
 DMは来ていなかった。私が送れないようにしていた。読み返せないようにしていた。歯の浮くような過去のメッセージも全て。


 いくつかメッセージを送った。後から読み返して、あんまり暗くてこれじゃ仮に生きてても返事はもらえないなと思って書き直して、もう一回送った。瓶詰めの手紙を流すようなものだと思った。誰かに読まれる可能性が万に一つもないという点を除いて。


 それから一週間は、どうしてこうなるって気付かなかったのか、なんで誰も止めなかったのか。
 二週間経って、もう灰になっている、人を殺してしまったという実感。
 三週間、何もかも手につかなくなった。楽しいもの、美しいもの、おいしいもの。何かに感化されたとして、その何かは自分の方を向いていない。


 何週間かぶりに親戚のいる病院に行った。友だちと連絡が取れないんだよね・・・
 それはいいけど、週に一回くらいは来いよ。そうだよね。私以外にとっては取るに足らない些事だった。


 8月中旬、近所のキャンプ場は大勢の人で賑わっていた。活気の失せた町、古い家々、漁港に漁船、浮島、神社仏閣、山、田んぼ。島というものは、適当にその辺を走っていても楽しいものだ。湖はしょっちゅう見てるだろうけど、海はどうだろう。見飽きた道を走る度、隣にいてくれたらどんな反応をするだろう? 考えずにはいられなかった。


 
 

 
 


 それから2ヶ月ほど家から出なかった。親戚の所にも行かなかった。何の問題もなかった。自分が面倒見る必要は全くなかった。

 目が醒める度、意識があるのが嫌になった。ゲームも読書も何もしなかった。テレビも観なかった。つけてみて、美味しそうな料理が映って、二人で食べたらもっとおいしいだろうなと思うと5分も観ていられなかった。

 やがて夏が過ぎ、蝉の音もまばらになっていった。波の音だけが聞こえた。寝ても覚めてもそれだけが続く。ノイローゼになりそうだった。窓を開けても海しか見えない。その先には誰もいない。


 
 

 
 

 自殺を手伝うことは罪になる。私は自殺の方法を紹介したことが、自殺幇助に当たらないかと考えた。私は謝りたかった。懺悔したかった。10月の台風の夜、いつか降りなかった駅の改札を通り、近くの警察署に行き、一部始終を話した。


 名前もわからないのではどうしようもない、仮にその人が亡くなっているとしても、既に捜査していて、あなたに連絡がいかないのはそういうことである。

 変な考えは起こしたらあかんよ。


 訳のわからない話を親身になって聞いてくれた。ありがたかった。でもそれまでだった。初めから分かっていた。やってることはストーカーだ。なんで名前すら知らないんだろう? 名前どころか何も知らなかった。必要なかった。彼女がいて、私がいさえすればそれでよかった。


 私は運命論というものを信じていたし、加えてものすごく運がいい人間なのだとも思っていた。運がよかったから今日まで生きていて、そのお陰で彼女に会えた。単に頭が悪いから死に損ねただけで、残りは全部偶然だった。何の罪もない一人の女の子を破滅させるために生きてきたんだと分かった。そしてそれを誰に責められることも罰せられることもない、謝ることも購うこともできない。縁もゆかりもない完全な他人同士だった。どうしようもないほどに。


 
 

 
 

 別に病気だとかメンヘラだとかは思わなかった。私と似たようなもんだと思っていたし、私は病気でもメンヘラでもないからだ。自分の物差しで勝手に判断して、どうして辛いのか、どうしたら軽くなるのか、何も考えてなかった。ただ単にいなくなったら寝込みが悪そうだからちょっかい出しただけだった。


 いつか、まだ話すようになる前に書いていた。慰めとかいらないからじゃあ死になよって言ってほしい。こんなにいじらしい言葉はないと思った。誰かを人質にしてまで生きていたくない。人質になったってよかった。なろうとした。私がいれば大丈夫。そう思いこんでいた。バカバカしくて笑ってしまう。私自体大丈夫じゃないのに。案の定私は彼女の前からいなくなり、そして彼女も私の前からいなくなった。


 最後のツイートにもいろいろ書いてあった。落ち込んでる時に優しくしてくる奴は悪人。ちゃんと死ねるように環境整えてくれたんだ。とどめ刺したかったとしか思えない。
 言ってくれるじゃん。落ち込むよ。


 なんであの時いい思い出のまま死なせてくれなかったのか。
 生きてればいいことあるのは知ってる、楽しみなこともいろいろある、けどそのために頑張ろうとは思えない。
 その人のためなら頑張れるって思ったのに。


 
 

 
 

 本当は心の中にしまっておくつもりだった。出会い厨した挙句死なせた。いつかやってたニュースと変わりない。彼女も過去の出来事を吹聴されたくないだろう。でも、もはや私一人だけのものになったこの思い出をなんらかの形で残しておきたかった。一人で抱えておくことができなかった。彼女はもういないのかもしれないし、ただ嫌われただけなのかもしれない。分からないままなのが辛かった。分からないままで何もできなかった。書き終わったら区切りがつけられると思った。好き勝手書いたことは、あとで謝りにいけばいい。


 もしくは、読んだ人が間違いを見つけて何かに活かしてくれればいいと思った。読まないか。人ののろけ話ってなんでこんなに感情移入できないんだろうって思うだろうか。


 このことを思い出している時だけは心が安らいだ気がした。今の彼女のことを思うと苦しくなってどうしようもなかった。何か一つ違えばこうはならなかったとも、いずれはこうなっていたとも思う。そもそも初めから、関わりさえしなければよかった。他の誰でもよかったはずだ。私しか気付かなかったんだ。